Interview : BRAND STORY #17 月島もんじゃ駄菓子屋 小田野 さん

月島のもんじゃストリートをちょっと脇に入るとこじんまりした風情の家屋と自動販売機。

自動販売機を開けると、中にはお店が——。
遊び心に溢れる 「月島もんじゃ 駄菓子屋」 は店主のこだわりの焼きの技術と、とことんこだわり抜いたもんじゃのメニューで瞬く間に予約困難なお店に。
そんな店主に、月島出店のストーリーと、食べる人の味覚にもうったえると言う空気循環の大事さを語ってもらいました。

今日はお忙しいところありがとうございます。

こちらこそ。よろしくお願いします。

早速ですが、自己紹介をよろしくお願いします。小田野と言います。月島でもんじゃ屋をやっています。

開業されて、大人気店になりましたが、お店にはどんなお客様がいらっしゃいますか?

一貫して来てくださる常連さん、観光で立ち寄るインバウンドの方、いろんなお客様がいます。それはとてもありがたいことなんですが、贅沢を申し上げて恐縮ですが、実は最近、少しずつ“お客さんを選ぶ”ようにしてるんです。

それはなぜでしょうか?

というのも、全部を受け入れていたら、本当にうちの味やスタイルを好きな人に、きちんと説明できる時間が取れなくなるんですよ。
私が2人、3人いればいいんだけど、そうもいかないので、調整させていただいています。

予約を断ることもあるんですか?

金曜・土曜なんかは、1日10件以上お断りすることもあります。店内は稼働テーブルが6つ。同時に対応できるのは2~3組が限界なんです。
しかもテーブルは私1人で回してますし、対応に追われてしまう。せっかく来てくれるなら、ちゃんともんじゃの魅力を伝えたい…それが理由です。


■ 「ボッタ」から始まった原体験

もんじゃとの出会いを教えてください。

原点は、私が小学生の頃。生まれ育った足立区・北千住の駄菓子屋で食べた「ボッタ」ですね。いまの“もんじゃ”のルーツのようなもので、おばちゃんが作ってくれた湯飲み茶わんより一回り大きめの器に「ボッタ」があって鉄板に蒸気で焼けどしないようにスプーンで流し込んだり一気に流し込んだりして、みんなで鉄板から直接食べてたんですよ。
お皿もなくて、大きなヘラ(正式名称は“返し”)もなかった。
みんなで小さな“はがし”で直に取って、フーフー言いながら食べる。それが楽しくて、美味しかった。

現代のもんじゃと違いますか?

今のもんじゃって、水分が多くてシャバシャバしてますよね。でも、当時は“取りもち”みたいに粘りがあって、おこげがしっかりできてた。それを、はがしでパリっとめくって食べるのが醍醐味だったんです。
香ばしさとキャベツの甘み。あの感覚を今でも大事にしています。


■ 青山でもんじゃ店を開いたきっかけ

お店のキャリアはいつからですか?

青山でお店を始めたのが、今から37年前です。ちょうどバブル前夜。仲の良かった友人が、青山でテナントを空けたまま売ろうとしてたんですけど、バブルが崩壊して計画が頓挫。そこで「得意なことで店やらないか」と声をかけられて。

もんじゃを選んだ理由は?

もんじゃならすぐにできる”と思ったんです。 と言うのもずっと食べていたので修行はいらないし、コストもかからない。 何より、子どもの頃から好きだったから「いつかもんじゃ屋をやりたい」って、ずっと思ってたんです。

当時の青山はどうでしたか?

ありがたいことに繁盛しましたね。アルバイト15人、仕込みは私、焼きはお客さん。朝11時から夜中までぶっ通しで営業してました。青山・神宮前あたりのブランドショップの店員さんや、繊維関係の人たちがよく来てくれてました。


■ 月島出店の理由と“もんじゃ文化”への違和感

現在の店舗はどういった経緯で?

青山の物件を出てから、次の場所を探していたんです。渋谷や恵比寿を見ていたけれど、「もんじゃなら月島だろ」と言われて、気持ちが傾いてきて。それで一軒家をリノベして2023年1月にオープンしました。

月島での印象はどうでしたか?

出店前に、私は新参者なので、月島中のもんじゃ店を全部食べ歩いたんです。
本場なので美味しい店もたくさんありました。
ただ、私のスタイルと違うお店が多かったので「自分の特色を出せば差別化できるかも!」と思って出店をきめました。 うまく言えないんですが、香ばしくて粘りのある、“おこげ”を楽しむスタイルとでも言うんでしょうか。


■ 一般社団法人と“DAO的アプローチ”

団法人の設立を考えていると伺いました。

はい。フランチャイズや株式会社にするという選択肢もありますが、それでは“文化”が薄れてしまう恐れがある。 だから私は、DAO(分散型自律組織)的な考え方で、文化を守りながら広げられる一般社団法人を立ち上げようと思っています。

どんな活動を?

まずは「もんじゃのライセンス制度」を考えています。これは資格ビジネスではなく、自己表現と自己実現のためのもの。
人に振る舞ったり、自信を持つためのきっかけになる。さらに、地域の中学校や高校で「もんじゃ部」を作ってもらって、教育委員会と連携したい。
月島には修学旅行で年3万人が来ますから、文化教育の入り口にもなるはずです。


■ もんじゃはコミュニティの媒介

店をやっていて大切にしていることは?

もんじゃは「食」だけじゃなく、「会話」の時間を作る料理だと思っています。鉄板を囲んで、何気ない話をする。お皿に盛らずに鉄板から直接食べるのも、その距離の近さがいいんです。うちは“もんじゃはコミュニティ空間”というポリシーでやってます。

店内の「落書き」も象徴的ですよね。あれは想定外の誤算でした(笑)。
でもお客様が書きたがるので、今ではマジックを用意して、「今日の日付とイニシャル書いてください」と促してます。有名人も来ますが、色紙よりも一般のお客さんの言葉の方が励みになります。


■ 「空気の流れ」までこだわる理由

お店の空調や快適性について、何か工夫されていることはありますか?

うちはね、とにかくお店が小さいんですよ。それにクーラーが正直ちょっと“ひ弱”で(笑)。
もんじゃ屋って、鉄板があるじゃないですか? あれで空気がどんどん熱くなるんです。でも、その熱がうまく逃げないと、室内がモワッとしたまま循環しない。だから“空気の回り方”ってすごく大事なんです。

最近はサーキュレーター(Finn mobile)を使われてるんですよね?

そうなんです。クーラーの温度を下げすぎると、外に出たときとの温度差がキツくて。かといって効かせなきゃ暑い。そこで今使ってる Finn なんですけど、これがまた絶妙で。 風が優しくて、直接当たっても不快じゃない。だけど、弱いかって言ったらそうじゃなくて、結構パワーあるんです。

空気を動かす力があるんですね。

ええ、天井が高いから、上にたまった冷気を下に戻す力がすごく効いてくれる。冷やすだけじゃなくて、「心地よい空間」をつくってくれるっていうのかな。 ただ冷やすんじゃなくて、涼しさを“整える”って感覚かなぁ。

面白い表現ですね。

風って、周波数があると思うんですよ。 外で感じる風って、長くてゆったりしてるでしょ?  車の窓からの風はビーン!って痛い。でも野原で吹いてくる風は、なだらかに包む感じ。そういうやわらかい風に近いなと。

使い勝手についてはいかがでしょうか?

そう、充電式だから、コードが邪魔にならない。置く場所を選ばないし、厨房の足元に持って行って使うこともできるんですよ。 高さも調整できるから、カウンターの下からお客さんに風を送ったりもできる。うちみたいな小さな店舗には本当にありがたい存在です。

音も静かだとか。

そこも重要で。静かなんですよ。 営業中に「ブワーッ」って音がするようだと、お客さんと会話してても気が散っちゃう。 でもこれは、会話を邪魔しないくらい静か。 真上にも向けられるから、下から来たクーラーの風を巻き上げるっていう使い方もできるし。

快適な空間づくりへのこだわりが伝わってきます。

もんじゃを美味しく食べてもらうには、空気感も大事なんです。料理が主役なのはもちろんだけど、「その場が心地よい」っていうのも、味の一部だと思うんですよね。


■ 「もんじゃ」がブランドになる日

最後に、これからの夢を教えてください。

“もんじゃ”って言葉そのものが、もっと広がっていいと思ってます。
Appleがリンゴを売ってないように、「もんじゃ」という言葉でクルマだって、ロケットだって作っていい。つまり、文化を象徴する“言葉”になる可能性がある。それくらい、私は本気でこの文化を広げたいと思ってます。

プロフィール小田野さん|月島もんじゃ 駄菓子屋 オーナー兼店長
京都足立区生まれ。幼少期に駄菓子屋で味わった“ボッタ”に魅了され、もんじゃ文化に目覚める。
37年前、バブル期の青山でもんじゃ店を開業し、独自の粘りと香ばしさを追求。2023年、月島に拠点を移し、小さな店舗ながら丁寧な接客と昔ながらの味で多くの支持を集めている。

今回、月島もんじゃ 駄菓子屋 さんが使用しているプロダクトは「Finn mobile」になります。
(詳しくは画像をクリックしてください)

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